★日本が朝鮮にマッチを持ち込み普及させた。 これによって 朝鮮の火災が増え、罪の無い人々が焼死した。
★日本が「円」を持ち込んだ。 それまでは買い物をするときには貨幣の運搬のために馬と馬子を雇っていた。
「円」や「ドル」が通用するようになって馬子が失業した。 これが現在なら 当然 失業補償をすべきである。
(一ドルが穴あき銭3200枚と交換されていた。 鹿の角は高価で一対40ドルから60ドルていど。)
★日本人はソウルに 二階以上の建物を建てた。 それによって ソウルの見晴らしが悪くなった。
★ソウルに大学を創った。現在の韓国の学歴偏重の弊害の原点はここにある。
★朝鮮に道路や橋を整備し侵略を容易にするとともに「風水」を壊した。
★日本人は衣服に色をつけることを教え、朝鮮の白衣文化を奪った。
★日本は政府に圧力をかけ睾丸の腐割を禁止させ、性転換の自由を奪った。
★初潮前の少女を妓生とすることを禁じロリコンの楽しみを奪った。
★寡婦の再婚を許可し不倫を横行させた。
★病気の治療のための呪詛を禁止し、宗教の自由を奪った。
★再就職の難しい宦官を失業させた。(当時はおかまバーも失業保険も無かった。)
(「男寺党」と呼ばれる男ばかりの芸能集団が有ったが、年寄りは就職できない。)
★白丁(被差別者)に笠をかぶせることを禁じ、笠屋の利益が減少した。
★奴婢の解放により 両班に反感をもたせた。
★女性にも名をつけることを奨め儒教の教えを蔑ろにした。
★近代的デモを教え、それまでの「殺人契」「香徒契」のような 両班に対する 財産の奪取、婦女子の強姦の楽しみを無くした。
(日本が侵略する以前は三・一デモのようなものは無かった。)
★皮革産業を普及させ動物を虐待した。
日本はアジアの光である。大東亜戦争は欧米人にアジア人の勇敢さを示した もので、チンギス・ハーンとともにアジア人の誇りである。我々は軍人だから、人類は絶滅する日まで戦争は続くと考えて、日本の軍人から、ハワイ空襲戦やシンガポール攻略戦を聞こうではないか。私はシンガポールのリー・クワンユー首相の「日本に学べ」運動は素晴らしい政治戦略だと思っている。
ここで、インド ネシアの日本民族の価値について申し上げる。今、忽然として日本民族がこの地球上から消えたら、アジアとアフリカは非常に困る。その時に韓国が一番 困ると思う。韓国は工業大国の日本と競争したから、立派な工業国になれたのである。近くに強力な競争相手がいることは素晴らしいものだ。世界は韓国と日本を同民族で同能力の持ち主と見ている。
ベトナム戦争当時に「韓国軍は(大東亜戦争当時の)日本軍と同じで勇猛果敢だ」と評判が立ち、中ソ連合軍が緊張したことがある。もし日本がシンガポールの地点にあったら、インドネシア人は少なくとも百万人が日本に住み、日本人と同等の教育を受けるから、その人間関係から日本の技術、市場、金融、スタッフ等を活用することができる。だから企業の成功は容易である。つまり日本の近くに位置していることは幸運なのだ。経済的支援を連続的に受けているといってよい くらいだ。インドネシアが日本に近ければ今のような貧弱なインドネシアではない。
ロッテのような韓国人の大実業家は、顔も日本人と同じ、日本語も日本人と同じ、発想法も日本人と同じ、一切が同じだから羨ましい。
つまり、我々インドネシア人は「日本はなにもしてくれなくてもよい」と考えている。日本は欧米と肩を並べて進歩しているだけで十分アジア・アフリカに尽くして いる。日本は存在するだけで十分にアジア・アフリカに尽くしている、と考えている。
だから、我々アジア人は外交面に弱い日本を支援したいと思っている。日本から援助をもらうだけで応援しないのでは運命共同体の一員とは言えないし、対等のパートナー とも言えないのではないか。
1977年マニラ国際会議
インドネシア内外政治担当大統領特別補佐官
アリ・ムルトブ准将(のちに中将)